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冷徹な固定カメラは奇蹟をどう映し出すのか 『ルルドの泉で』

ストーリーにも興味はあったのですが、『M:I4』でひときわ印象的な、無表情で冷酷に仕事を完遂し、その報酬としてダイヤモンドを要求するプラチナブロンドの仕事人を演じたレア・セドゥが出ていることに惹かれて観に行ってきました。非ハリウッド映画らしい作りでしたね。ちょっとシニカルだったりコトバですべてを語り尽くさない余韻のあるストーリーなど、自分は大いに楽しみましたよ。
聖母マリアの霊験(?)により病を癒す奇蹟を起こすといわれるフランスはルルドの泉。ここにはツアーで大勢の旅行者(奇蹟を期待する病人)が訪れる。そんなツーリストの一人である車いすの女性クリスティーヌ(シルヴィー・テステュー)。ツアーでやってきた病人お世話をするマルタ騎士団の介護人マリア(レア・セドゥ)がクリスティーヌの介助につき、手の不自由な彼女に食事をさせ、泉や礼拝などの巡礼ツアーの日程をこなしていく。ところが、ツアーも終盤に至って、クリスティーヌの不自由な手が動き、立ち上がることができるようになったのである…これは奇蹟か?また、そうだとしてなぜ彼女にだけ奇蹟は起こったのか…
冒頭、広いガランとした食堂が映し出され、クレジットが出る。長回しの固定カメラの画面上にやがて食堂スタッフが現れ、食事の準備をし、車いすの者や杖をつく者、年老いた者らがぞくぞくとあらわれると同時に、彼らの介護人が病人の傍につき着席し、やがて一人の女性にズームアップしていく、そう彼女こそが今作の主人公クリスティーヌ。ここまでがなかなかいい構図で、グッときました。固定カメラで気付いたら結構長回しじゃない?という撮り方が多くて、このクラシックな撮り方や画がとても作品に合っていた。最近の手持ちカメラをわざとグラグラ揺らしたり、極端なズームアップや切り替えの多用されるのが常の最近の映画と異なって、ちょっと新鮮に感じられた。
主人公のクリスティーヌはほとんど自分の内面を語らないし、不満や欲求を訴えもしない。唯一内面を語るのは牧師との会話シーンだけで、そこでは「どうして自分がこんな不自由な体なのかと思う。ほかの人のように自由に歩いたりしたい。何もせず、ただ生きているだけだ…」と訴えるけれど、このシーン以外ではまったくそのような主張はコトバでは語られない。ただ、若く、ピチピチして同じマルタ騎士団の男性に視線を送り、男性と遊びに行くことを仕事よりも優先してしまうマリアに対する微妙な眼差しの変化などで、彼女の心情の変化などが十分表現されているのがとても良い。彼女はマリアが「すぐ戻るからちょっと離れていい?」と男のところへ駆け出すのも止めないし、あからさまに不満そうな表情はしないけど、彼女の抑えているだろう怒りや苛立ちなどが十分伝わるのです。「わたしはああいう風にはできない!どうして自分だけ!」と。そうして、しばらくしてマリアが戻ってきて、すこし介助すると「ありがとう」とはにかんだような笑顔を見せる、けど、それは心からの笑顔じゃないよな…と観客にはわかるのです。うーん、巧みだ。そしてこういう描写、なんだか好み。
またマリアを演じるレア・セドゥが絶妙にいいんですよね。最初のほうでは甲斐甲斐しくお世話をしている。タイミングを見計らい、相手を慮って食事を口元に運び、クリスティーヌのために就寝前の祈りをきちんとしている。それが、異性が気になりソワソワしだすと、仕事がなんとなくぞんざいになってくる:食事のさせ方もすこし適当な感じになり、お祈りを忘れたり、髪のとかし方もちょっと荒っぽくなったり…段々とイマドキの若者女子っぽい本来の素の部分が、だんだん明らかになってくる。でも彼女も全然悪くないんですよね、根はきっといい子。ただ、ちょっぴり仕事よりも自分のことのほうを優先したくなることもあるじゃない、というのがうまく演出されてたな。だから最後のアレがとてもいいのですよね。なぜかシャブロルの『引き裂かれた女』のラストも思い出したなぁ。とにかくなぜだかこのラストが大好き。
さて、どうして奇蹟はおこったの?そしてその奇蹟は一時的なものじゃなくて続くのか?…この“奇蹟”には介護人マリア*1の存在が大きく関わっていることは間違いないですね。彼女の存在がマッチポンプになってクリスティーヌの中のなにかが影響された。見返してやる、という欲求?…立ち上がり歩けるようになった彼女が、健常者限定のハイキングに参加し、そこでマリアが気になっていた男性と抜け駆けしてふたりきりになれる場所まで歩き会話をし、キスをする場面の彼女の晴れやかな、どこか勝ち誇ったような表情よ。コトバで語らずとも伝わってくる。“わたしのほうがマリアに勝った感じよ、みんなに起きなかった奇蹟が私には起きたのよ(ドヤァ)”みたいな。
でも、きっとこれまでにもクリスティーヌはちょっと調子が良くなるときとそうじゃないときがあったんじゃないかな。ルルドの泉ツアーで、マリアに対する気持ちとかの精神的面やら体調やらもろもろ総合して、タイミングが合ってたまさか立ち上がることができたのかな。ラスト、あきらかに足元がふらつくクリスティーヌに授与されるベスト巡礼賞の滑稽さ。そしてふらつきながらもムリして立っていたのに、踊るマリアを見つめながらすぅっと車いすへ座る(画面下のほうに移動する)クリスティーヌのショットの残酷なこと。こういう画がたまらない。こうやって書いてたら、ますますこの映画のことが好きになってきたような気がします。でも、ひとつあけて隣の席に座っていた夫婦の男性の方が、映画が終わった瞬間「なんやこれ」と大声で2回繰り返してたんですけどね。うん、今作も『ミラノ、愛に生きる』ばりに好悪が別れそうだなーと思った次第でした。
ルルドの泉で』(2009/オーストリア=フランス=ドイツ)監督:ジェシカ・ハウスナー 出演:シルヴィー・テステュー、レア・セドゥ、ブリュノ・トデスキーニ、エリナ・レーヴェンソン
http://lourdes-izumi.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD19985/index.html

※レアちゃんはスカーレット・ヨハンソンぽいな、とちょっと思った。気になる女優さんだな。
※脇役もよくて、人のうわさばっかりするおばさん2人組とか最高でしたよ。
※監督はウィーン・フィルムアカデミーでハネケに師事し、『ファニーゲーム』のスクリプターにも参加してたそうで…なんとなく納得。

*1:奇しくも聖母マリアと同じ音の名前…