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英国の灰色の空の下/灰色の心『思秋期』(原題:TYRANNOSAUR)

痛い、痛い映画。
冒頭、ノミ屋でボラれた主人公ジョゼフは、店を出ても怒りを抑えきれず、リードをひいて愛犬を連れ帰ろうとするが、そのリードを引っ張られる勢いにキャンと鳴いた愛犬の腹をボコボコに蹴り倒す。ハッとして犬の様子をみ、抱えて帰るも愛犬は息絶えてしまっていた。
愛しているのに、かけがえがない存在なのに、自分の感情が高まると、抑えられず傷つけてしまう。そして、後悔する。
してしまったことは消えない。消しゴムで消せればいいのに。しかも、いなくなって(死んで)しまったら、なおさら後悔してもその後悔の念を償うこともできない。愛していたのに、奥さんのことを近づいてくると床が揺れるほどに太っている、と言って“ティラノサウルス”(from『ジュラシックパーク』)と呼び続けてしまったジョゼフ。親友が死の病に囚われてしまう一因をつくったのかもしれないジョゼフ*1。愛犬を殺してしまったジョゼフ。つい、相手を傷つけるような核心をついたイヤミのような言葉を吐いてしまうジョゼフ…。分かっているのに、抑えられない。これはピーター・ミュランがすばらしい演技。もう、こういう人にしか見えない。イギリスおなじみの曇り空の下、殺伐とした庭にたつ掘立小屋兼犬小屋をやつあたりでガンガン叩き壊し、庭においたボロボロのソファにぼんやり座るさまにこちらの心持ちまで灰色に染まる。
敬虔な“かみさま”信者であるハンナとの出会い。ハンナは神に祈り、寛大であり、赦し、そしてまた祈ることで生きていこうとしている。けどさ、あのDV夫は最悪すぎた*2。最低最悪すぎて、お前の罪は死を持って償うしかないんじゃない?と観てるこちらは思ってしまうのだけど、ハンナが実際に取った行動=夫を殺めたこと、はジョゼフもさぁーっと血の気が引いてしまうようなこと。ハンナのことを、かみさまは助けてはくれない。結局、人しか自分を助けることはできない。それが人を傷つけ続けてきて、自分も傷つけてしまって、だから、人と関わらないことで、人も自分も傷つけたくない、と、他人と距離を置こうとしている男=ジョゼフであっても。
ハンナが取った行動は、取り返しのつかないこと。でも、ジョゼフが…おなじような痛みを抱えて生きてきた、そんな彼がいてくれるなら、この辛い世界でも、ハンナなんとか立ち続けることができるかもしれない。そしてジョゼフもハンナがいてくれることで、この辛い世界を生き抜けるかもしれない。そんなことを思わせてくれるラストでした。英国らしい空気にあふれた佳作(イギリスおなじみのパブで飲んだくれるダメ男とか、ダメ男なんだけど憎めない友達とか、とても良い!)。痛いけれど好きだな。ズシンと重い重いボディブローのようにきいてくる映画。
『思秋期』(2010/イギリス)監督:パディ・コンシダイン 出演:ピーター・ミュラン、オリビア・コールマン、 エディ・マーサン
http://www.tyrannosaur-shisyuuki.com/intro.php
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD21862/index.html

向かいの家の少年とのエピソードもまた、痛かった……

*1:直接は語られないけど、悪友であるジョゼフが酒に誘い、飲ませ続けたことが原因?酒飲み友達であることをやめられなかった?

*2:アン・リーの『ハッピー・ゴー・ラッキー』でも気持ち悪いオーラを醸し出すキャラを絶妙に演じてましたこの人