苛まれるギャロさん『エッセンシャル・キリング』

ヴィンセント・ギャロさんは『バッファロー'66』でおっ、と思ったのち、彼自身が監督した『ブラウン・バニー』で嫌いになってしまった俳優さんでした。人を、ましてや俳優など嫌いなることなんてそんなに無いのに(嫌いになるのってエネルギーがいる)どうしてそうなったのかというと、『ブラウン・バニー』の“かわいそうな、傷ついたぼく”というナルシシズム溢れる感じに観ながらもやもやしたあげくの悪評高いラストが決定打になりました。“何にあなたはそんなに傷ついてるの?他人の傷は見えないの?他人はまったくどうでもいいの?”、と。その後、音楽活動がどうした、とか日本のセレクトショップとコラボだか、アート的ななんとかとか、なんだかまぁそんな感じでおしゃれ的にやっていけばいいじゃない、と思っていた。でも、『エッセンシャル・キリング』ではそんなギャロさんがたいへん困った事態に陥るらしいとのことで、久しぶりに観てみようかな、と思ったわけです。
お話はごく単純で、アラブ系のテロリストであるギャロさんがアフガニスタンの岩と砂に囲まれたところでアメリカ兵をバズーカで攻撃して*1捕まり、寒い冬の国に移される。移送中に車が事故ってその隙に逃げ出し、あとは逃げる逃げる。それだけです。
追手に迫られたりもするのですが、殺したり、傷つけたり、偶然の幸運で逃げ延びたりします。彼は悲鳴とか叫び声くらいしか発しないのですが、フラッシュバック的に差し挟まれるアラブ的な妻や子の映像で、あぁ、こいつもアラブ世界で普通の生活を送ってきたのに、宗教の名のもとに正当化された対米テロ行為に従事しているわけだな、とわかってきます。…しかし正直、最初ギャロさんがアラブ人とはわからなかったのです、彼は明らかにヨーロッパ系の顔なので(wikiによるとシチリア系イタリア人とな)確かに黒髪+細面+ヒゲでアラブっぽいかもしれないけど、ちょっと強引じゃない?と思いました。そういうわけで、アメリカ軍から逃亡してアラブ側に寝返った人かなぁ、というわけのわからないひねった設定を最初のうちは想像してみたりもしていたのでした…。
細かいことはともあれ、必死の逃亡劇がはじまるとおもしろかったです。ギャロさんの使命*2はふたつ1、捕まらないこと 2、生き延びること。1についてはひたすら逃げるだけです。おもしろいのは2ですよ、これがドラマになってますね。生き延びるにはとにかく食べることが絶対必要。あちこちで傷ついたギャロさんの体はとくに栄養を欲しています。以下ネタバレ全開で書きますと…
1、アリ塚を攻撃し、アリを貪るギャロ。
やはり動物性蛋白質(がアリにあるのかどうかはよく知らない)が必要だ!しかしこの絵面はどうみてもゴリラがアリ塚を攻撃してむさむさと食べてる様にそっくりです。サルと人間ってやはり近いんだな。
2、木の皮を貪るギャロ。
よく「飢えて木の皮までも食らう」という表現は見るけど、なるほど、土は食べられなさそうだけど、木の皮はなんか食べられそうなルックスだな。繊維質⇒ジャンルとして野菜っぽい&噛みごたえありそう、という感じでしょうか。でも繊維質すぎて、おなかの調子は劇的に悪くなりそうです(腸に悪そうだ)。
3、母乳を貪るギャロ。
これはすごい。こんな画を映画館のスクリーンで観る日が来るとは…映画的体験とはこのことか。茂みにひそむギャロはあるふくよかな女性が自転車でコケてそのまま抱いてた赤ん坊に授乳する姿を目撃。赤ん坊がごくごく母乳を飲んでる姿に矢も盾もたまらず飛び出すギャロ。母を銃で脅すギャロ。豊満な乳にくらいつくギャロ。抵抗していたがそのうち失神する女性。ごくごくして顔をあげたギャロの口から白い液体がつーっ…これはすごいものを見ました。
4、生魚を貪るギャロ。
これもかなりおもしろかった。画面の左下の方に、川で釣りをしている男性が映ってます。うしろのほうにピントが合ってなくてぼんやりしたギャロがふらふらと近寄ってくるのが映りこんでいます。だんだん近づくギャロ。お、これは、ギャロ、アレだな!と思いながら観ている自分は「おじさん、うしろ!」と画面に向かって言いたくなります。案の定男性の右側後方より近づきさっと釣ったばかりの魚を盗むギャロ。体力がないからゆっくり盗んでゆっくり遠ざかるのですが、あまりに気持ち悪くて追っかけもせず、「なんだアレ、おい」って困惑する男性に大変共感しました。そりゃ、気持ち悪いよな。
撮り方や演出に、深刻なはずなのに、どこかユーモラス、というかそれでも食わねばならない人間の悲哀的なものも感じました。それはギャロがこの役をやっている、ということが(自分にとっては)大きかったかもしれない。フジロックにだって出ちゃうギャロ、アート作品の回顧展だってやっちゃうギャロ、ブルーノートでライブまでしちゃうギャロが普通では食すことを考えられないモノをむさぼってる姿は、人間の虚飾をとっぱらったところにある極限の姿をぴしぴしと感じさせるのだ…て、そんな大げさなことはないけど、ちょっとそれに類することは感じた。うん、今まで偏見をもってキライって思ってきてごめんなさい、役者魂に感じ入りました。だから今後もこんな苛まれる役やってほしいな、と思いましたよ(変にこじゃれた役をやられるとまたイヤになるかも…って、個人の好みの問題ですね、すみません)

『エッセンシャル・キリング』 (2010/ポーランド=ノルウェー)監督:イエジー・スコリモフスキ 出演:ヴィンセント・ギャロ、エマニュエル・セニエほか
http://www.eiganokuni.com/EK/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18594/

※政治的な意味合いとしてはどんなものがあるだろ、ということも観ながらちょっと考えたのに、時間が経つと“ギャロが何食ってたか”しか鮮明に覚えてない…ちなみにギャロの役名は「ムハンマド」です。

*1:もちろんバラバラになった死んだ

*2:=人間の極限における本能的行動