『意外/アクシデント』

ルイス・クー率いる殺し屋チームのお話なのですが、その殺しの手法が一風変わっていて、事故死にみせかけるように殺す、というものなのです。予備知識ほぼゼロの状態で観に行ったので、「おぉ!」とまさに意外な感じでその仕事っぷりに引き込まれました。ピタゴラスイッチ的な現実にはありえなさそうな連鎖の末に死に至る…つまり犯罪性を認められないように綿密に計算したうえでミッション遂行をするわけです。このチームに依頼すると相場より高そうだな。
しかしこんな仕事をしていると、あらゆる偶然に見えるものもすべて必然である、という思考のクセがついてしまうこともありましょう。それはいわば狂いの第一歩なんだろうか。脳の片隅に“すべての事柄は必然だ”という思考のタネが植えつけられると、すべての理由/原因には何者かの意志がある、ということになる。つまりそれは陰謀論。その原因などが宇宙人だったり、電波だったりすると完全に狂人扱いになるわけですが、そのレベルに至らずとも、こういう思考のクセが強くなり過ぎると病気のレベルになり周囲に混乱と困惑を招くことになる。ルイス・クー演じるブレインはもはや病の域に達しているのかもしれない…が、ここが映画という表現方法の素敵なところで、ブレインの立場から描くと、周囲が彼をはめようとしているようにしか見えないのです。果たしてどっちの論理が正しいのか、その曖昧さが観る者の興味を引っ張っていく。
ブレインは、陰謀の芽は見つけ次第摘まねばならないし、自分の身は自分で守る、という自分しか信用できないという絶対的な孤独のなかにいる。そのため、彼は部屋に鏡を配置して、入った瞬間すべての部屋に不審者がいないかをチェックできるようにしていたり、枯葉を扉に挟んでいたりするわけです*1。鏡を入念にセッティング、ドアの覗き穴から外の様子を執拗に覗き見、ガランとした部屋で一人もやもや思いを巡らし続けるブレインの様子を観ながら『MAD探偵』を連想しました。魚眼レンズ的なアングルや顔のアップ、妄執的とも思える様子、死んでしまった妻を思う様の描写など…『MAD探偵』とあわせてみるとより味わい深いような気がしました(どちらの作品でもラム・シューの食べっぷりを堪能できるし)。今作のブレインが孤独になった原因は「最愛の妻を何者かに殺された*2」ということだから、余計に疑心暗鬼になり、誰ひとり信用できなくなったんだろうけど。そうなるともう世界は敵対するものでしかないし、安住の場所などない。その孤独さゆえの狂気をルイス・クーはダサ眼鏡をかけてうまく演じてた。
最後は結構なトンデモ展開がどどっと来た末の唐突なラストにもおぉ?と思いましたが、あっさり終わっちゃうところも香港映画ぽいかな、と(そう思える人とそうじゃない人で印象が全然違いそうですな)。あと、香港の街並みもよかった。雑居ビルが立ち並び、空を見上げたら電線や洗濯ものがひらひらしたりしている猥雑な街並み。あっという間に上映期間が終わりそうだけど、興味がある方はぜひどうぞ。

『アクシデント』(2009/香港) 監督:ソイ・チェン 出演:ルイス・クー、ラム・シュー、ミシェル・イエ、リッチー・レン、フォン・ツイファン
http://www.accident-igai.net/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD19372/index.html

*1:これはちょっとベタな表現でしたが

*2:事故かそうでないかは不分明ですが